【 完全予約制 】
大江橋クリニックは、スポーツ外傷後の耳介血腫をきっかけに耳介が高度に変形するいわゆる「柔道耳」、事故・暴力・けがなどによる耳介の外傷後変形、耳介血腫・耳介偽嚢腫などの後遺症等を数多く治療しています。
柔道耳以外の治療については別ページにまとめています。
詳しい症例解説はこのページの下の方にあります
いわゆる柔道耳はスポーツ外傷を契機として時間をかけて徐々に変形します。上のいくつかの術前写真を見てもわかるように、受傷の位置や頻度、出血の程度などにより変形の程度は様々で、一定の手術様式では対処できません。一人ずつ切開する場所も軟骨の切除法も皮膚の修復方法も異なり、オートクチュール的な手術法となります。
多くはバラバラに壊れた軟骨をできるだけ元の位置に整復しながら増殖した部分は切り取り、欠損した部分には切除した軟骨の一部を整形・移植することなどにより、できるだけ自然な形に近く形成します。時間がかかり、難易度の高い手術となります。
また、術後にある程度の後戻りや変形が再発する可能性があり、長期にわたる経過観察と術後処置、時には再手術が必要となります。
ICD10分類 : M00-M99 筋骨格系及び結合組織の疾患 > M95-M99 筋骨格系及び結合組織のその他の障害 > M95 筋骨格系及び結合組織のその他の後天性変形 > M95.1 花キャベツ状耳
いわゆる柔道耳、Cauliflower-ear deformity(カリフラワー耳)は,ICD-10分類上の正式病名を「花甘藍(きゃべつ)状耳」と言います。柔道耳はこのほか相撲耳(力士耳)、レスラー耳( wrestler’s ear )などともいわれ,また形状から俗に餃子(ギョウザ)耳などとも呼ばれます。
AA0-10 耳又は乳様突起の疾患 > AA0 外耳疾患 > AA4 外耳の非炎症性障害 > AA41 後天性耳介変形 > AA41.0 カリフラワー耳
上記の格闘技のほかラグビーなどの球技や事故、暴行などによる外傷、膠原病や血液疾患、飲酒後などに硬い床で寝る習慣などでも生じ、また特に誘因のはっきりしないものやアトピー性皮膚炎による掻爬に続発するもの(カリフラワー耳を生じたアトピー性皮膚炎症例の1例 角ら 耳鼻咽喉 72-12:839-842 2000)などもあります。
アトピー性皮膚炎によって起こったと思われる症例は、大江橋クリニックでも数人経験しており、そうまれなものではない可能性があります。その多くは正常に治癒しなかった耳介偽嚢腫に続発したものと考えています。スポーツ外傷以外の外傷によるものは、このサイトでは項目を立てて別に扱います。
ケガによる耳の変形(編集中)
大江橋クリニックでは、柔道耳の手術を積極的・専門的に行っています。柔道耳の場合、硬く凸凹した皮膚からのアプローチで軟骨を綺麗に露出するまでに時間がかかることが多く(通常ここまでで1時間以上かかります)、手術終了まで3時間以上かかることもあります。軟骨を彫刻して耳の形を削り出していくような手術になりますが、その後上に被せる皮膚も部分により厚みが違ったり傷痕があり血流が不安定であったり、良い状態でないことが多く、表皮が壊死したり術後に縮んだりすることがあります。このため、術後も長期間の通院をお願いすることになります。(右上は皮膚を剥がして露出した軟骨が、いくつもの層に分かれていることを示す術中写真。少し彩度を落としてあります)
手術予約日は通常、初回診察日から1ヶ月程度先になります。皮膚の状態や体調によっては手術までの間に数回通院していただき、手術に備えて耳介や周辺皮膚の調子を整えていきます。
手術当日は車の運転、入浴はできません。翌日再診していただき、出血が続くなどの問題なければ入浴や洗髪は手術翌日から可能になります。軟骨を削る手術はどうしても術後に痛みが出ます。鎮痛剤を処方しますが、当日翌日は触らなくても痛いです。痛みは日毎に少なくなります。
(上の写真は手術翌日のテーピングの一例)
通常1週間後に抜糸(状態により部分抜糸となることもあります)、その後定期的に通院していただき、数ヶ月経って傷跡が綺麗になってくれば通院は終了となります。途中で勝手に通院をやめてしまう方も稀にありますが、そうした方の術後結果は残念ながらあまり良くない傾向にあります。
高度に変形した柔道耳の手術は、一言で言って難しいです。ケロイド体質やアレルギー・アトピーなど体質的な原因がある場合が多く、手術直後はきれいに出来上がったと思っても、術後時間が経って術後の腫れが引いていくと徐々に耳介が変形して、肥厚性瘢痕の状態になることがよくあるからです。
耳介の肥厚性瘢痕に関してはあまり資料がありませんが、体質的な原因が主体だと思います。そもそも柔道耳になってしまうこと自体が、体質的なものかもしれません。
通常の術後であれば腫れが引いて形が落ち着いてくる数ヶ月目頃になって、かえって赤みが増し、腫れぼったく厚みも出てくる人がいます。
半年ほど経ってようやく赤みと腫れが引いてくると、今度はずっと腫れていた皮膚がしぼんでくるために、予期せぬところにシワが出てきたり、軟骨を縫った糸が緩んで移植軟骨がずれるなど、予定した形に落ち着いてくれません。(下の写真は手術直後から半年の経過で皮膚が萎んできた様子)
手術を試験に例えると、100点取ろうと思って頑張るのですが、毎回問題の難易度が異なるので、出来上がりが80点の人も60点の人も出てきてしまいます。一度できれいに治すのが難しいことがあり、再手術になる場合もあります。
※ 再手術の場合、時間をおいて改めて診察の上、規定の料金で手術を行なっています。
様々な工夫で良い成績を目指していますが、今のところそれが現状であることを告白しておきます。
手術症例についてはこのサイト内でいくつか紹介していきます。とりあえず様々な年齢・性別・程度のものを10例ほど選んで解説する予定です。できれば修正再手術や術後の長期経過がわかるものにしたいと思っています。経過の説明は該当部分をご参照ください。
症例写真を見る限り、あまりすっきりと治ったようには見えないものもあるかもしれません。手術直後はきれいになったように見えても後で変形してくるために彫刻の荒彫りのようなごつごつした結果になる場合があります。状態の良い時期を選んで仕上げ手術ができると良いのですが、多くの場合費用や時間の都合でそのままで終わり、医者患者ともにやや不満が残ってしまうことがあります。
それでも、何もしないよりは見た目も機能も改善できることが多いので、出来る限り良い状態で終われるようトライし続けています。
右耳1回目の手術の概要
左から術前 > 術後5日目 > 術後3年目 (修正手術前)
症例1:概要
大学生時代に柔道部だった。両耳に耳介血腫が繰り返し生じて、近くの整形外科で2週間に一度血を抜いていた。徐々に耳全体が塊状に腫れて硬くなりイヤホンが入らなくなった。
手術は耳輪切開して皮膚を剥がし軟骨を耳甲介部分は丸く切除 、変形した部分はできるだけ切除した。左側も別の日に手術しているが、ここでは右側のみを示す。
下の写真は左から、手術直後、術後1週間で抜糸直後、術後12日目、術後30日目。腫れが少し引いて軟骨を切除した部分が変形してきた。
十数年前の症例であり、当時は頻回に受診を促すことをせず、およそ1ヶ月ごとに経過を見ていた。2ヶ月経つとほぼ形が固定し、その後は待機してもほとんど変化がない。このように術後変形してくる患者さんの場合、変形を予防するには最初の1〜2ヶ月が重要だということがわかる。
下の写真は左から、術後4ヶ月、術後8ヶ月、術後1年、術後2年9ヶ月。耳輪の折れ曲がりが気になるので、この時点で修正手術を計画した。
1回目の手術からほぼ3年経過。耳輪の折れ曲がりは軟骨そのものが変形していたため、一部の軟骨を切除し、位置をずらして再移植した。術後しばらくの間は、耳輪は丸く綺麗に修正されていたが、数ヶ月経つとまた変形が再発してきた。
下の写真は左から、2回目術前、術後11日、術後38日、術後4ヶ月。
2回目の手術からほぼ2年経過。耳輪の変形は最初に比べてかなり改善はされたが、やや起き上がって左側に比べて立ち耳になっていること、耳甲介の軟骨が硬くメガネをかけると当たって痛い、などの訴えから、更なる改善を目指して再挑戦することにした。耳輪は特にいじらず、裏側から硬い軟骨を切除した。
下の写真は左から、3回目術前、術後12日、術後38日、術後4ヶ月。
ご覧の通り、3回目の術後もしばらくの間は形が綺麗に整い、術者も患者さんもやって良かったと満足した。しかし、1ヶ月を過ぎて腫れが引いてくる頃から徐々に形が崩れ、最終的にはシワや凹凸がやや目立つ仕上がりになってしまう。
患者さんはこの後は再手術を希望されなかったが、他の治療(髭脱毛や薄毛治療、アトピーや花粉症など皮膚科的なご相談)で長期間通院してくださり、おかげで貴重な経過写真が揃うこととなった。
耳介治療終了後、皮膚科治療中に通常の手術の術前検査には含まれない詳しいアレルギー系の血液検査をしたところ、患者さんが実は中等度から重症のアトピー素因があり、イネ科植物と特にダニに対して強いアレルギーを持っていることがわかった。強くはないがスギ花粉症もあった。(本人には自覚なし。)手術時期が患者さんの都合でいずれも年度末に近い2月だったのだが、花粉症の時期に重なったことで術後の腫れを長引かせ、スギ花粉症の時期を過ぎても腫れがおさまらず皮膚に皺がよる結果になったのではないかと、後になって気がついた。
現在では手術前の皮膚の状態が良くない患者さんにはアレルギーの有無を詳しく検査させてもらい、皮膚科治療を先に行なって耳の皮膚の炎症(赤み)を軽減させてから手術を行うようにしていて、こうした事態はだいぶ避けられるようになった。反省を込めて柔道耳の症例第1号として挙げさせてもらった。
左から術前 > 手術中(縫合前) > 術後半年
症例2:概要
原因不明で、耳が腫れて固くなってきたとのこと。アトピーがあり、痒くて掻いたためかもしれない。寝返りを打つ時硬い耳が枕に当たって痛い。他の病院に相談に行ったが、今の状態よりよくはならないと言われた。形には拘らないが耳を柔らかくしたい。
アトピー性皮膚炎で耳が柔道耳のように変形した例。出血した自覚もなく痛みもなかったようなので、皮膚の炎症が波及して耳介偽嚢腫を発症し、その後遺症としてカリフラワー耳となったのではないかと想像された。変形した耳介軟骨を切除すること自体は難しくはないが、団子状に塊となった軟骨は硬く、削って薄くしてもあまり柔らかくならないかもしれないとお話しする。
手術は耳輪切開して皮膚を均等な厚さで広く剥がし、耳輪と対耳輪の軟骨を残して、塊状の軟骨をくり抜く。耳輪脚の部分が当たって痛いとのことだったので深くまで追いかけて石灰化して骨のように硬くなった部分まで十分切除し、残した変形軟骨を薄く削って立体感を出し、皮膚をかぶせて縫合した。皮膚と軟骨に隙間ができないようにしっかりと固定しないと耳の凹凸が出ないため、ボルスター縫合で表と裏を密着させるように固定した。
下の写真は左から、
・耳輪の前面にも後面にも軟骨が塊になって盛り上がっている様子、
・耳輪と対耳輪の間に盛り上がる軟骨を深くまで切除した様子、
・軟骨切除後に形を整えて皮膚を戻した様子(再掲)。
舟状窩と対耳輪の間の軟骨をしっかり深く切除したので、軟骨同志を密着させ皮膚と隙間ができないようににガーゼを当ててしっかりとキルティングする。圧迫すると隙間から血液が滲み出てくるので、この写真(下の上段左)はどうしても痛々しい感じがする。実際にも耳を表裏から強く挟み付けているので、おそらく術後の痛みの原因の一つがこの「ボルスター固定」なのだが、患者さんには申し訳ないがここで手を抜くと内部に出血し、柔道耳が再発してしまうので省くわけにはいかない。
上段中央の写真はこの固定を5日目に外した直後。圧迫が強すぎたりずれたりすると皮膚の表面が壊死してしまう。この写真では一部治りの悪いところがあり、抜糸の時(上段右)には一部が肉芽となり盛り上がっている。ここにしっかりとテーピングして形を整えないと凸凹のまま治ってしまう。
幸い2週間ほどで肉芽の盛り上がりは軽快し、耳は柔らかくてよく動き痛みも無くなった。メガネをかけるのも支障なく、こちらとしてはもう少しテーピングや内服薬、腫れを早く引かせる治療などを加えたいのだが、ご本人はこのまま何もせず自然経過を見たいとのことで、あとは月1回程度の通院だけとなった。舟状窩の形や耳輪の太さなど、圧迫固定などによりもう少し綺麗に整えることができそうなのだが、患者さんはテープを貼ったり薬を飲むことに抵抗があり、結局この形で終診となった。
下の写真は左から、
上段 術後1日目、術後5日目、9日目
下段 術後2週間、術後2ヶ月、術後半年(最終)
アトピーは柔道耳の悪化要因であると思う。柔道耳の人はよく調べると大概何らかのアレルギーがあり、一般の人に比べて傷の赤みが引くのが遅かったり、非常に腫れたりする。花粉症やその他のアレルギーでもそうだが、体のどこかに皮膚炎があると炎症物質は血流に乗って患部にも影響し、腫れが長引いたり形が崩れたりする原因となるのだろうと思っている。
上記の患者さんの場合も、重症アトピーでステロイド不信に陥り漢方薬やちょっとよくわからない特殊な民間薬で治した(実はあまり良くなってはいないが一応それほどひどくない程度に落ち着いた)という経緯があり、医師、特に皮膚科医やその治療法に根強い不信感をお持ちだった。
私たちは腫れを早く治めるためにはステロイドも抗アレルギー薬もレーザーも使えるものは何でも使って、早く患部を落ち着かせたいのだが、患者さんは内服薬は飲みたくない、塗り薬は塗りたくない、テーピングはしたくない、レーザーは嫌、と自然経過以外の積極的治療を頑なに拒否されることがある。この症例では幸いおとなしく治ってくれたが、半年経っても赤く腫れ上がったままで、いつ治るのかと責められることもある。以前は患者さんの意思を尊重し、治らなければ自己責任とも思ってあまり強くは言わなかったが、「術後の耳」は私の作品でもあり、あまりいただけない結果では本人は納得されてもこちらが納得できない。他の医師にこの程度の腕前と思われるのも癪だ。
というわけで、最近では皮膚炎等の治療にご協力いただけない患者さんの手術はお断りすることがある。ご了承いただきたいと思います。
重度の重曹耳の何割かの方は、1回の手術ですっきりときれいな形におさまらないことは事実です。
しかしそれを拡大解釈して「柔道耳は手術しても治らない」「かえって悪くなるから手術しないほうがいい」という耳鼻科医がいます。
そんなことはありません。多くの場合耳介軟骨を積極的に切除するなど適切に手術することにより、耳に入りにくかったイヤホンが入るようになったり、マスクがかけやすくなったり、硬さが取れて楽になったりと、それなりに症状は改善します。また適切な術後管理と、場合によっては再手術によって、かなり正常の形態に近づけることができます。
確かに全く正常な(ケガをする前の)耳に比べ厚みがあったり、輪郭が波打ったり赤みが非常に長引いたりすることはあるのですが、少なくとも「かえって悪くなる」ということはありません。安心して(でも期待しすぎず)手術を受けていただくと良いと思います。
左側の 術前 > 手術中(デザイン) > 術後4ヶ月
症例3:概要
若い女性。柔道を続けており中学3年生頃から反復して出血し、耳鼻科で血を抜いていた。現在は形は固まっているが、ヘルメットを被ると痛い。ヘルメット常時着用する職場に就職するため手術を希望。年末に初診され、就職する4月までに両耳を治したいという希望で、スケジュール的にタイトだが、両耳同時手術は時間的にも体力的にも厳しいため、2週間の間を置いて左、右の順で手術した。
遠方(中部地方)からの受診で、4月からの所属先は南九州となるため、急な対応は困難であり週1回の通院が限度。アトピー素因は強くはないがスギ花粉症で、手術時期はすでに花粉の飛散時期に入っている。食べられないもの、食べたことがないものが多く牛乳や納豆(大豆?)牛肉や赤みの魚などが苦手とのこと。牛乳や大豆などの食物アレルギーがあるかもしれないがテストまではしなかった。偏食のためか鉄欠乏性貧血があり、傷の治りが遅いかもしれない。色々と難しい条件が重なり初診から抗アレルギー剤を処方し内服を続けてもらいながらの手術となった。
実際の手術は2週間ずれているが、右と左を並べて供覧する。
下の写真は左から、
上段 手術当日、術中(軟骨移植時)、手術翌日ガーゼを外したところ
下段 手術当日、術中(縫合終了)、手術終了(ガーゼを貼る前)
軟骨は硬く団子状で塊を齧り取るように大まかに切除してから表面を均すようにメスで削って整形する。欠損部には切除軟骨の比較的大きなものを板状に削って嵌め込むことにする。
下の写真は整形した軟骨板を所定の位置に移植しているところ。
耳輪脚がグッと太く張っているが、左右とも同じような形なのでこれは先天的なものと考え、あえて細く削らなかった。
術後1週間でボルスター(キルティング)を外し、10日ほど経つと皮膚はだいたい治ってくる。術後1ヶ月目には腫れも引いて少しメリハリが出てきた。
こちらは右側。
軟骨の変形が少なかった分、腫れのひきかたも早く、形もより自然になった。7日目、1ヶ月目、4ヶ月目。
反復する外傷により,軟骨膜と軟骨との間、または軟骨の割れ目を介して軟骨内の間隙に出血が繰り返され(耳介血腫の段階)、炎症を起こしてその部分が徐々に線維化,瘢痕化,石灰化を起こし、また耳介軟骨そのものも破壊と修復を繰り返して、細かく割れては盛り上がり複雑な変形が生じます。また私見ですが、体質的な原因によると思われる皮膚の肥厚性瘢痕もそれに加わって、分厚い結合組織が軟骨の間を埋め表面を覆います。
硬くなって「柔道耳」化したものは形成外科的手術で塊状になった軟骨や石灰化した瘢痕を積極的に切除しなければ治すことはできません。出血や打撲を繰り返したものでは見た目の軟骨の変形がわずかであっても、厚さが増し硬さが残り、圧迫すると痛みが生じるため寝返りが打てないなどの自覚症状が長年続くことがあります。
柔道耳:症例解説(症例1〜3):準備中
柔道耳:症例解説(症例4〜6)
約15年前の症例。40代男性。
25年前から放置していたの柔道耳。耳輪が折れてΣ型になり横方向に縮んで細くなってしまった。対耳輪は複雑な形状に変形して耳甲介を塞いでいる。手術に際しては、複雑に凸凹している皮膚を一定の厚さで剥離して皮弁にし平らに伸ばせるかが勝負になる。
バラバラに砕け変形して重なり合っている軟骨を慎重に外し、削って形を整えてから位置を変えて縫合していく。薄く削ると割れてしまうこともあるので、ある程度の厚みと凹凸は許容しなければならない。
左は手術中に仮に皮弁を戻してみたところ。幅が少し広がり耳輪の丸みも出てきた。このあともう少し微調整してから切開した皮膚を戻し、形を整えて縫合する。隙間ができないように凹凸に合わせてガーゼを詰め、表裏からキルティングのように要所を留めていく。1週間目に皮弁を固定しているボルスター固定を外すと、皮弁は表皮が壊死して一部びらんしていた(左下)。
軟膏治療等で皮膚のびらんの回復は見込める範囲。耳甲介の窪みと耳輪の丸みがうまく表現できていないが、ご本人もこれくらいならと了承いただける範囲。希望があれば再手術可能であることを伝え、経過を見ることにする。
左術前、中央術後1ヶ月、右は手術をしていない正常側の耳介。
耳の厚さは手術直後の半分くらいに薄くなり、いく分腫れが引いてきたことがわかる。左の術前と比べると改善はしているが、耳甲介の深さや対耳輪の輪郭がはっきりしていない。右の手術していない方の耳の写真と比較すると、まだ耳の厚みは倍くらいあり、今後数ヶ月かけて腫れが引くともう少しシャープに輪郭が出てくるはずだが、1ヶ月目でこれくらい腫れているのは仕方がない。3ヶ月〜半年くらい待って、軟骨の輪郭がはっきり見えてくれば細かい部分を削るなど再手術も可能になる。
実際には以後の通院がなく最終的な結果は不明で終わっってしまった。
約14年前の症例。
柔道耳に対し、初診の10年ほど前に大阪大学で耳介形成手術を受けたが、満足な結果にならなかったとのことで受診したとのこと。
右の2枚の写真は手術当日のもので、耳輪が波打っていて厚みも不揃いである。おそらく術後の経過で変形が進んだものと思われ、再手術に際しても注意が必要と思われた。
手術中の写真。左:耳輪軟骨が一部欠損し、波打つように変形していることがわかる。
中央:変形を矯正してしっかりとボルスター縫合で固定する。
右:抜糸直後で、上側の不自然な膨らみはだいぶ改善したように見える。
左から初診時、術後2ヶ月半、手術をしていない正常側。
術後2ヶ月半経ってもなかなか腫れが引かず、初診時の写真と比べても軽度の改善にとどまっていることがわかる。耳輪の不自然な段差は改善したものの、正常な右耳と比べると耳全体が腫れて厚みも倍くらいある。舟状窩の凹みが表現されておらず、耳輪が太い。
腫れが引くのを待っているうちに受診が途絶えてしまい、最終的な経過は不明のままとなった。
柔道耳では術後の腫れ(肥厚性瘢痕)が非常に長引くケースが多く、最終結果(2年くらいかかることもある)を追えないで治療終了してしまうこともある。レーザー照射や内服で腫れている期間を短縮できるのだが、当時はそうしたノウハウの蓄積がなく、待っている間に患者さんが息切れしてしまうこともあった。
約8年前の症例。50代男性。
学生時代に柔道耳になったが、結婚することになり改善したくなった。変形が激しく内部構造はさておき耳輪を丸くすることを目指す。軟骨はバラバラになっていることが予想され表面の皮膚もかなり凸凹している。
術前のデザインの最大の問題は、術後に耳輪となる皮膚の内側に来るように切開線を設定すること、2番目の問題は耳輪と対耳輪の軟骨をどこから採取するかである。右の手術中の写真を見ると耳輪軟骨が何枚にも分かれてバラバラになっている。これらの軟骨を一度耳から取り出し、耳の形になるように組んで移植するので、テクニックとしてはあらかじめ材料が確保してある小耳症よりも難易度が高い。
皮弁は厚みが不均一でしっかりボルスター固定しないと浮き上がって血腫になり壊死してしまう。1週間目に外すと表皮壊死になってしまっていたが、この程度であればきちんと治療すれば治ってくれる。右の写真は中央の写真の10日後だが、まだ一部ビランが残りテーピングしてカバーしている。
ちょうど術後1ヶ月目の写真。かなり腫れているが術前と比較するとだいぶ改善している。
術後6ヶ月目の写真。腫れが引いて、瘢痕が縮み皮膚に皺が寄ってきてしまった。修正するなら大掛かりなことをせずシワのよった皮膚をぬい縮めるなどしてより自然にできると提案するが、イヤホンが入るようになり形もある程度改善したのでもう良いということで終了となった。