● 2010年 年頭にあたって
大江橋クリニックの前身とも母体ともいえる「井上医院」は、2009年12月末をもって外来診療を当分お休みする事になりました。今後その診療姿勢は大江橋クリニックに受け継がれます。長い間のご支援,本当にありがとうございました。
※ 2012年1月15日、サイト改訂中に、昭和51年中部建築賞をいただいた際の井上医院の写真がPDFファイルでネット上に残っているのを見つけ、リンクを貼ってみました。設計は竹中工務店になっていますが、当時日総建の役員をしていた母方の叔父が細部に手を加えたことを記憶しています。叔父と日総建には現在の大江橋クリニック開院の際にも力になってもらい、親子2代にわたり素敵なデザインのクリニックで仕事をさせてもらっています。
大江橋クリニックは
4回目の新年を迎えました
2006年12月1日に、大江橋北詰の地に新築完成した地上5階地下1階の小さなビルを、上から下まですべて使う形で診療を開始した「大江橋クリニック」も、早いもので丸3年を過ぎ4年目の新年を迎えることができました。
1階が受付、2階が保険診療を中心に行う2つの診察室となっており、多くの患者さんは1階か2階のいずれかでお待ちいただく事になります。
開院当時は待合の患者さん用椅子が足りなくなる事など予想もしておらず、2階の診察室前に10脚足らずの椅子を並べただけでしたが、最近では1階ばかりでなく2階でも立ってお待ちいただく日もあり、スムーズな診療を心がけながらも、長くなりがちな待ち時間を快適に過ごしていただける工夫に頭を悩ませるようになりました。
3階以上は特別な空間です
地下には物品管理用の倉庫などがあり、一般の方にお入りいただく事はありません。基本的には、診療時間中は施錠してあり、エレベーターも停止しません。
セキュリティと個人情報保護には力を入れており、待合室、倉庫をはじめ館内各所には赤外線感知システムと連動した監視カメラが設置され、重要物品の盗難を未然に防いでいます。
3階より上は、順に「エステ室」「レーザー室」「手術室」を中心とした構成になっており、それぞれに趣の異なる小さな専用待合室がしつらえてあります。
上記の3つのフロアは原則として予約患者さんのみをお通しする事になっており、お一人でゆったりとお待ちいただけるよう、座り心地のよい椅子が用意されています。
保険診療はその性質上、おいでになった患者さんを順番に短時間で診察しなければならず、快適にお過ごしいただける演出にも限界があります。美容中心の予約診療は、今後できる限りお待たせしないよう心がけるとともに、良質な医療を快適に受けていただけるよう、工夫を重ねて参りたいと思います。
予約診療を優先します
保険診療の診察は今年も今まで通り、基本的には社会保険事務局に届け出た通りの受付時間に、おいでいただいた順番にお呼びして診察します。予約は必要なく、また現在のところ保険診療の予約は,手術やレーザー治療などを除きお受けしておりません。
一方で、美容治療を自己負担でお受けいただいている患者さんを、保険診療の患者さんと同じようにお待たせするのはいかがなものかと考え、今後は美容診療を中心とした患者さんには優先的にご予約をお取りして、できる限りお待たせしないようにしたいと考えております。
今年の課題として、会員制の導入、予約の取り方の改善、美容診療と保険診療の明確な切り分けを心がけて行きたいと思っています。変わらぬご支援をお願いいたします。
井上医院は
47年目の診療を終えました
昭和38年の開業以来、昭和52年の新館移転の時を除いて休む事なく診療を続けて来た「井上医院」は、2009年12月末をもって当分の間「休診」することとなりました。
現大江橋クリニック院長・井上 研の父・井上武雄と今は亡き叔父・井上孝雄の両名によって半世紀近くにわたって維持されて来た「井上医院」の、地域医療をにない患者さんを大切にする精神は、名称と場所を新たにして開業した「大江橋クリニック」に発展的に受け継がれます。
やがて米寿を迎える父には、残務整理を終えてしばらく休養してもらった後、大江橋クリニックの医療顧問として迎え、長い間培った様々なノウハウを役立ててもらいたいと考えています。
井上医院があって
現在の大江橋クリニックがあります
父は新潟大学医学部を卒業し、戦後まだ日も浅い当時日本では珍しかった「脳神経外科医」として医師の活動をスタートしました。学位論文でもある「小児脳腫瘍の臨床的研究」は新潟大学脳研究所で行われた小児脳腫瘍の治療を分類評価したもので、当時の脳神経外科研究の標準的引用文献となったようです。
一方で皮膚科にも興味を持ち、見学にいったところ翌日には皮膚泌尿器科学教室に机と椅子が用意されていて困ったという話を聞いた事があります。
その後、秋田県、山形県、新潟県などの基幹病院で一般外科医としても研鑽を重ね、昭和38年に郷里に帰って「井上外科医院」を開業しました。
当初、外科、肛門科などを標榜して診療を開始した「井上外科医院」は、その後同じ新潟大学医学部出身の耳鼻科医である叔父を迎えて、「外科・耳鼻科 井上医院」となり、更に放射線科、皮膚科、内科と診療科を増やして発展して行きました。
叔父の病死により耳鼻科診療は休止となりましたが、現在まで多くの患者さんに恵まれ、長く診療を続けて参りました。
形成外科・皮膚科診療にも力を入れてきました
まだ形成外科の形も定かでなかった当時から、父は「傷跡をきれいに治す」ことを心がけており、米国で発表された論文に触発されて皮下連続縫合による糸の跡を残さない手術などを行ったり、美容外科的な「でべその手術」などの各種手術法を工夫してきました。
また、大江橋クリニックにも受け継がれている「痛くない注射のしかた」を工夫し、井上先生の注射は痛くない、と患者さんの評判を得ていました。
脳外科医としての修練を積んだ父は、脳の構造と機能に関心を持つばかりでなく、なぜそうなるのか、理論的背景を重視した診療を行ってきました。その考え方は、現在大江橋クリニックの院長となった私にも大きな影響を与えています。